子どもの〈関心〉を育てる

ときどき手を洗うのが面倒な瞬間がある。
例えば、職場で昼食を食べる前とか。
すぐさっきアルコールで消毒したからキレイでしょう。なんて考えが浮かんでくる。
でも結局はちゃんと洗っていますよ。
もちろん、トイレの後も家に帰ってからも。

私はこういう面倒くさがる考えが入り込んできたとき、『これは誰のために行うのか?』という考えで対抗する。
手洗いに関して言うと、手を洗わないことの影響は自分以外にも及ぶ可能性があると思う。
手を洗わなかったことで自分がなにかしらの菌で病気になると、必ず周囲に悪影響がある。
他の誰かにうつすかもしれないし、仕事に穴を空けるかもしれない。
たかが手洗いかもしれないが、他者への影響を踏まえると、されど手洗いだ。

ある医療機関での調査によれば、手洗い場に『あなたの手洗いが患者の感染リスクを下げます』といった掲示をしておくと医療従事者の手洗い率が上がったという報告があったそうだ。(確か『GIVE AND TAKE』という本の中に書かれていたことだったと記憶している…)

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人は他者への影響を明確に意識したとき、自分の面倒くさい気持ちとか自己中心的な行動を回避できるのかもしれない。
なんてたって、そもそも人間は社会的動物なのだから社会にダメージを与えるようなことは避けたいはずだと思う。
これは人間が元来持つ高度な能力だと私は信じている。
もし自己中心的な行動になりそうなときは、他者貢献的な行動を思い出せばよい。

しかしながら、この人間の元来の能力は、おそらく育てる必要があると思う。
使わなければ育たないという意味で、この能力は人間の成長可能性だ。

この成長は育児の場面でも大切にしたいと思う。
子どもがなにか行動したとき、その行動によってどんな影響が周りにもたらされたのかをフィードバックしていきたい。
例えば、子どもが食事中にコップの水で遊び始めたのなら、その行為は食事中は心地が悪いことを伝えたいし、お手伝いをしてくれたときにはその喜びを伝えたい。
褒めるとか叱るとかでなくて、他者に対して貢献的かそうでないか、社会に対して建設的か破壊的かを伝えていきたい。

そうすることで子どもの他者への関心を育てることができる。
〈自己への執着から他者への関心へ〉
これは育児だけでなく、人と人とをつなぐ最も重要なテーマだと思う。

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