賞を与えるとどうなる?

私が中学生の頃、毎月発行されるクラスのお便りにあるランキングが掲載された。
それは家庭学習ノートの提出回数と1日に何ページのノートを消費したかのランキングだった。
家庭学習ノートというのはその名の通り、家で勉強するために使用するノートで、勉強しましたよという証明に使われる。
そのノートを提出すると担任の先生がコメントを書いて返してくれるというシステムだった。

ノートの提出は義務ではなかったが、私はランキングに名前を載せることを目的にノートを提出することにした。
ノートには漢字の練習をしたり、数学の問題を解いたり、何かをまとめたりそんなふうに使っていたと思う。
そしてあるとき私はひらめいて、ノートの提出回数とノートの消費ランキングどちらにも名前が載る方法を思いついた。

それには2つのノートを用意した。
1つ目のノートは1~2ページ何らかの勉強に使い毎日提出する。
そして2つ目のノートはコツコツと書き溜めていって提出はしない。
このコツコツと書き溜めたノートが、何十ページと溜まった時にいよいよ先生に提出する。
そうすると、1日でその何十ページを消費したという記録が打ち立てられ、他の人を差し置いてランキングのトップに君臨することができる。
1日の勉強量を偽造できたわけだ。

それで結局ランキングに名前が載ったのかというと、まるで記憶にない。
馬鹿げたアイディアと馬鹿げたシステムがあったことしか覚えていないのだ。
当時の担任の先生にこんなことを言うのは大変に申し訳ないのだけど、ランキングをお便りに掲載するシステムは馬鹿げていると思う。
これは決して先生を批判しているのではなくて、そのアイディアを批判している。

ランキングに名前が掲載されるという【賞】を得るために私は勉強したわけで、勉強することが目的とはならなかった。
他の人より大きな賞を得るためにはどうしたらいいだろう?を考えるきっかけを生んだだけだ。
学校で学ばなければいけないことは、自分が承認されるために何ができるかを考えることではないと思う。
それよりもみんなで学びを深めるために、自分には何ができるだろうを考え、協力的な方法を学ぶことが必要だと思う。

このように【賞】には人と人を競わせる効果がある。
姉妹・兄弟間でも学校でも職場でも社会でも、誰かに賞を与えると他の人がそれを上回る賞を得ようとする。
これは結局、自分が良ければ他は知らないという自己執着を生む。
賞の良い面もありそうだが、人間関係を悪くするし、ましてや社会を悪くするので圧倒的に悪い面が大きいように見える。

だから、育児であれ教育であれ職場の評価であれ私は【賞】に反対だ。
共同体に対して建設的に生きる勇気をくじき、他者の評価や承認を求めるようになってしまうのだ…。

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