「学力」の経済学

昔々、「学力」の経済学(中室牧子著)という本を読んだことがある。
内容はすっかり忘れているのだけど、ふと思い出した部分があるのであらためて考えてみたい。
この本では、ゲームをすると子どもは暴力的になるのか?とか褒めて育てた方が良い?とかご褒美はいけない?だとかそういう問いに科学的な根拠を基に解説しているらしい。
大半を覚えていないので、「らしい」と表現する。

この本のなかで、子どもが読書をするたびに数百円という金銭的な報酬を与えることが紹介されている。
そうすることで子どもは読書の習慣を続けられるし、さらには金銭的な報酬が目当てであるにも関わらず、読書への楽しみは下がらないらしい。
これは驚くべき発見だと思う。
これまでは金銭などの報酬は依存性も高く、勉強や読書といった本来の目的を見失わせる可能性のあるものとして一般認識されていたと思う。
いわゆる「物で釣る」ということであり、この場合「金で釣る」ということだ。

つまり科学的データが言うのはこうだ。
お金で子どもの勉強を促すことができ、尚且つ子どもの学習意欲も高められる。
科学はいつもこういうことをデータとして明らかにしてくれる。
しかしながら、科学は「こうすべきだ」とは言っていない。
科学は「こういうことがわかったよ」とは言うけれども、それをやって良いかどうかは判断しない。
それを判断するのは個人の思想だ。
ここに大きな落とし穴があると思う。

科学と思想は分離されているがゆえに、科学の使い道は善くも悪くもある。
例えば、毒ガスとか核ミサイルとかそういう戦争兵器も科学の成果の1つであるけれども、科学はやっぱりそれをどう使うかを表明することはない。
これは困ったことだ。

心理学も科学も人々に対して建設的に使うことを善として、破壊的に使うことを悪とすべきだと思う。
これはとてつもなく自明なことなのだけど、そうできないのが世界の現状だ。
「学力」の経済学の話に戻るが、ここでの発見はうまく使えば人々を援助する糧にもなるし、そうでなければ人々を操作する力になる。

したがって、いくら金銭的な報酬が学力を向上させる術として知っていても、大人が子どもに対してそれを一方的にすべきではないと思う。
それはただ子どもを大人の期待通りに生かそうとする操作だ。
もしも、その術を使えるとすれば子どもの合意があることだ。
子どもの合意があってこそ、この術を使って援助することができる。

子どもは大人の期待に応えるべく存在しているのではない。
そこに立ち返って子どもを操作しようとすることをやめてこそ、本当の援助ができると思う。

「学力」の経済学 [ 中室 牧子 ]

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