存在しているだけで他者の役に立っている

みなさんごきげんよう(^-^)

みなさんは人の価値について考えたことはありますか。どのようなときに自分や他者に価値があると感じますか。例えば、何かを成し遂げて誰かに誉められたときや認められたときでしょうか。今日はその『人の価値』について、アドラー心理学の観点から考えていきたいと思います。

とは言いながらも、アドラー心理学における結論はシンプルです。アドラー心理学では、他者の役に立ち、自分が有益だと思えたときに自分の価値を感じるとされています。

職場で仕事をやり遂げて、上司から「助かったよ」と言われたり、家事を手伝って家族から「ありがとう」と言われたりする場面を考えてみましょう。このように自分の行為に対して、他者から感謝の言葉があったときは、自分が人の役に立っていると感じやすいかと思います。しかし、自分の行為に対して他者からの感謝がなければ、自分が役に立っているというふうに自覚することは少ないかもしれません。

みなさんは他者からの感謝の言葉無くして、何気ない日常の中で、自分にどれだけの価値を見出すことができるでしょうか。アドラー心理学では、行為のレベルから存在のレベルへの視点の転換によって、他者や自分自身の価値を捉える直すことができます。

人を行為のレベルで見ていくと、多くの人が日々誰かのために働き、役立つことをしていると言えるのではないでしょうか。しかし、生まれたばかりの赤ん坊や寝たきりの老人であればどうでしょうか。私自身、生後5ヶ月の子どもがおり、また長い間病院のベッドに寝たきりの祖母がいます。子どもや祖母を行為のレベルで見ると、他者の介助を受けるばかりで、なにか役立つことはしていないように見えてしまいます。

ここで、行為のレベルから存在のレベルで人を捉えるという転換が必要です。生きているだけで価値があると捉えるというわけです。もし、自分の子どもや大切な人が病気や事故で死の淵に立たされていたとしたら、一日でも長く生きて欲しいと願うことでしょう。ただそこに存在しているだけで深く感謝し、それ以上のことは何も期待しないはずです。つまり、生きているだけで誰かの役に立っており、価値があると考えることができます。

人は他者や自分を理想像からの減点方式で見ようとすることが多いです。あれができていない、これができていないというふうに。そして、他者に多くの期待をよせてしまいがちです。しかし、行為のレベルから存在のレベルに転換して、他者や自分を捉えることで、ゼロから見直すことができます。存在しているだけで十分なのに、あれもこれもできていると捉えることができるのです。

こうした視点の転換によって、あなたも私もただ存在しているだけで他者の役に立っており、有益な存在であると捉えることができます。また、存在しているだけで自分も他者も価値があると捉えることができたなら、他者への声掛けや態度も変わってくるはずです。他者に対して「ただ元気でいてくれるだけで嬉しい」「一緒にいてくれてありがとう」といった声掛けが純粋にできるかもしれません。

行為のレベルでなく存在のレベルで声をかけることで、誰しも自分はここにいていいんだという感覚を得られるでしょう。そして、そこを出発点にして、さまざまな人生のタスクに向き合っていく『勇気』を持つことができるのではないでしょうか。

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